「従業員を雇う資金がなかった。だからAIで『The Council』を作った」
フロリダ州に拠点を置く防衛テック企業の創業者、Aaron Sneed(40歳)は、こう語る。彼のユニークな経営手法が世界中のメディアで話題を呼んでいる。
HR、法務、財務、品質管理、サプライチェーン——本来なら複数の専門家を雇うべき領域を、彼は**15のAIエージェントで構成する「評議会」**に委ねている。結果として週20時間以上を節約し、ブートストラップ起業家として事業を軌道に乗せることに成功した。
AIソロビルダーにとって、この事例は単なる話題性を超えた実践的な示唆に満ちている。
Aaron Sneedとは何者か
Aaron Sneedは、フロリダ州を拠点とする防衛テクノロジー企業のソロファウンダー。10年以上にわたり、自律的に意思決定を行うプラットフォームの開発に携わってきた経歴を持つ。
この経験が、商用LLM(大規模言語モデル)やAIツールが登場した際に即座に活用するための土台となった。
The Councilの構成(2026年2月時点)
| エージェント名 | 担当領域 | 役割 |
|---|---|---|
| Chief of Staff | 全体統括 | タスクの優先順位付け、リスク・課題・機会の評価 |
| HR Agent | 人事 | 採用プロセス、ポリシー策定 |
| Finance Agent | 財務 | 予算管理、財務分析 |
| Accounting Agent | 経理 | 帳簿管理、経費処理 |
| Legal Agent | 法務 | 契約書レビュー、コンプライアンス |
| Comms/PR Agent | 広報 | コミュニケーション、メディア対応 |
| Security & Compliance | セキュリティ | リスク管理、規制遵守 |
| Engineering Agent | 技術 | 技術的意思決定サポート |
| Quality Agent | 品質管理 | 品質基準の維持・改善 |
| Supply Chain Agent | サプライチェーン | 調達・物流管理 |
| Training Agent | 教育 | 社内トレーニング設計 |
| Manufacturing Agent | 製造 | 生産プロセス管理 |
| Business Systems | 業務システム | システム統合・最適化 |
| Facilities Agent | 施設管理 | 設備・オフィス管理 |
| Field Operations | 現場運用 | フィールドオペレーション |
| IT & Data Agent | IT・データ | インフラ・データ管理 |
技術スタック:ChatGPT Business + Nvidia
Sneedが採用している技術基盤はシンプルだ。
- AIプラットフォーム: OpenAI ChatGPT Business(カスタムGPT + Projects機能)
- ハードウェア: NvidiaのGPU(技術プロトタイピング・実験用)
- AI開発環境: Nvidiaの無料AIソフトウェア(ハードウェア購入に付随)
特筆すべきは、特別な開発環境やカスタムインフラを構築していない点だ。ChatGPTのカスタムGPT機能を活用し、それぞれのエージェントに専門知識と行動指針を与えている。
階層構造:Chief of Staffを頂点とした意思決定
The Councilの最も特徴的な設計は、明確な階層構造と優先順位の設定にある。
Chief of Staff Agentの役割
Chief of Staff Agentは、他の全エージェントの上位に位置し、以下の責務を負う:
- 優先順位の決定: リスク、課題、機会といったパラメータに基づいてタスクを評価
- 聴取の重み付け: 法務・コンプライアンス・セキュリティ関連の指摘は最優先で処理
- 全体最適化: 個々のエージェントが「部分最適」に陥ることを防止
Sneedは次のように説明する:
「法務、コンプライアンス、セキュリティに関することは最優先事項として扱うよう、Chief of Staffに指示している。これらのモデルの意見を他より重視するよう設定した」
この設計により、AIエージェント間の「民主的な」意思決定ではなく、リスクに応じた重み付けのある意思決定が可能になっている。
トレーニング手法:「イエスマン」を排除する
Sneedのアプローチで最も興味深いのは、AIエージェントを意図的に「反論者」として訓練している点だ。
問題:AIは同意したがる
一般的なLLMは、ユーザーの意見に同調する傾向がある。これは「Sycophancy(迎合性)」と呼ばれる既知の問題だ。ビジネス判断においては致命的なリスクとなりうる。
解決策:反論を促す訓練
「イエスマンの集団は要らない。私の理論を検証し、達成しようとしていることを助けるために、意図的に反論するよう訓練した」
具体的には:
- 仮説への挑戦: 提案に対する反対意見を必ず提示させる
- ブラインドスポットの指摘: 見落としている可能性のあるリスクを列挙させる
- 根拠の要求: 結論に至った理由の説明を求める
ラウンドテーブル:集合知の活用
Sneedは全エージェントが参加する「ラウンドテーブル」を設けている。
たとえばRFP(提案依頼書)を評価する場合:
- 全エージェントが同時にドキュメントをレビュー
- それぞれの専門領域から意見を提出
- 意見の相違点・矛盾点を可視化
- 最終判断はSneed自身が行う
この方式には2つの効果がある:
- ハルシネーションの抑制: 複数の視点からのクロスチェック
- 知識ギャップの補完: 一つのエージェントが見落とした点を他が補う
訓練期間と継続的な改善
初期訓練:約2週間
新しいエージェントを稼働させるまでには、約2週間の集中的な訓練が必要だとSneedは述べる。
「初期段階では、自分でやるよりも成果物を出すのに時間がかかった。訓練に適切に集中していなかったからだ」
継続的な訓練の必要性
「訓練は決して止まらない。継続的にモデルを訓練しなければ、必要なアウトプットは得られない」
これはAIエージェント運用における重要な教訓だ。「一度設定したら終わり」ではなく、継続的なフィードバックと調整が不可欠である。
プロンプトエンジニアリングの進化
Sneed自身も、エージェントとの協働を通じて成長している。
学んだこと
- ガバナンス構造の重要性: 優先順位を明確に定義したファイルを各エージェントに持たせる
- ハルシネーション対策: 誤情報や低品質な出力を軽減するための要件セット
- 公式ガイドの活用: 各AIプロバイダーが提供するプロンプトエンジニアリングガイドの熟読
「AIとの作業が遅くなる原因の多くはユーザーエラーだ。各AIプロバイダーのプロンプトエンジニアリングガイドを読む時間を取ることを勧める」
限界:AIは人間の判断を代替しない
Sneedは同時に、AIの限界についても率直に語る。
法務エージェントでの教訓
特許や係争案件で、法務エージェントに事前作業をさせた際のエピソード:
「法律の素人である私には、エージェントが作成した内容は問題ないように見えた。しかし弁護士に見せたところ、『技術的・事実的には正確だが、この情報を表に出すべきではない。手の内を見せることになる』と指摘された」
法的スキル、文脈理解、経験に基づく判断——これらは依然として人間の専門家にしか提供できない価値だとSneedは認識している。
未来のビジョン:AI + 人間のハイブリッド
「理想的には、HR担当者、法務担当者などそれぞれの専門家がいて、各自がChief of Staff AIエージェントを持ち、業務をサポートする形になる。それが未来の姿だと思う」
現状のThe Councilは、ブートストラップ段階での「止むを得ない選択」であり、将来的には人間とAIが協働する形に進化する可能性を示唆している。
AIソロビルダーへの教訓
Aaron Sneedの事例から抽出できる実践的な学びを整理する。
1. 階層構造と優先順位を設計する
複数のAIエージェントを使う場合、フラットな構造ではなく、明確な優先順位とガバナンス構造を設計することが重要。
| 優先度 | 領域 | 理由 |
|---|---|---|
| 最高 | 法務・コンプライアンス・セキュリティ | リスクが最大 |
| 高 | 財務・品質管理 | 事業継続性に直結 |
| 中 | 運用・サプライチェーン | 効率性に影響 |
| 通常 | コミュニケーション・施設 | 支援的機能 |
2. 「反論」を促す設計をする
AIを単なるアシスタントではなく、批評者・検証者として機能させることで、意思決定の質を高められる。
具体的なプロンプト例:
- 「この提案の問題点を3つ挙げてください」
- 「私が見落としているリスクは何ですか?」
- 「反対の立場から論じてください」
3. 訓練に時間を投資する
初期設定で2週間、その後も継続的な調整。この投資を惜しむと、期待するアウトプットは得られない。
4. 限界を認識する
AIは「99%の作業」を効率化できても、**最終判断・人間的文脈・専門的経験が必要な1%**は人間が担う必要がある。
まとめ:AIエージェント経営の実践例
Aaron Sneedの「The Council」は、AIエージェントを活用したワンオペ経営の具体的なモデルケースだ。
成功要因:
- 10年以上の自律システム経験に基づく設計力
- 明確な階層構造と優先順位
- 「イエスマン排除」の訓練方針
- ラウンドテーブルによるクロスチェック
- 限界の認識と人間専門家との適切な分業
週20時間の節約は、単なる効率化ではない。ソロファウンダーが「本来不可能な規模の事業」を運営するための基盤となっている。
AIソロビルダーにとって、Sneedのアプローチは「AIを使う」から「AIと経営する」へのシフトを示す先駆的な事例と言えるだろう。
一次ソース
| ソース | 種類 | 信頼度 | URL |
|---|---|---|---|
| Business Insider | 本人インタビュー | ★★★ | 記事リンク |
| India Today | 報道記事 | ★★☆ | 記事リンク |
本記事は、Business Insiderに掲載されたAaron Sneed本人のインタビューを主要ソースとしています。